滑稽本の解説

戯作小説の一ジャンル。狭義には、十返舎一九の『道中膝栗毛』や式亭三馬の『浮世風呂』に代表される、滑稽な内容の中本型小説を指す。また、滑稽を目的とした作品で、他の近世文芸ジャンルに分類できない境界線上の作品を含む場合もある。

広義には、談義本全体をジャンルに含め、これを「前期滑稽本」と呼ぶ場合もあるが、現在は別ジャンルと見なすのが一般的である。

滑稽本の体裁

前期滑稽本(談義本)の体裁は半紙本(縦約24cm横約17〜18cm)3冊〜5冊仕立て。狭義滑稽本の場合、中本型(縦約19cm横13cm)で、一般的に序・口絵・挿画を備え、1〜3冊で一編を形成する。その文体は、対話小説ともいわれる通り、「対話文」が主で、そのほか「地の文」と「ト書き」から成り立つ。「対話文」は、登場人物の会話を口語で活写した部分。「地の文」は、時・場所・情景・人物の紹介・事件の説明を文語で記した部分。「ト書き」は、対話文の直前または直後の二行割書の部分で、対話に付随する形で人物の様子を記す。文体は口語を混じた不完全な文語である。このような対話文・地の文・ト書きという構成は、洒落本の特色を受け継いだものである。

滑稽本の展開

〈談義本〉

世相風俗の活写に教訓をおりこんだ、通俗的で滑稽味の強い小説群。宝暦二(1752)年刊静観房好阿作『当世下手談義』が江戸で流行したのをきっかけに、寛政期(1789-1800)まで行われた。談義風の語り口を基調とし、地の文が優位を占める点で、中本型の滑稽本とは異なる。遊郭などを主題としたものは、洒落本にも分類される。

〈中本型滑稽本〉

寛政の改革後下火になった洒落本の後を受ける形で成立した。主に遊里を舞台としていた洒落本とは異なり、その舞台は旅の道中や地方都市(『道中膝栗毛』)、江戸市中、風呂屋(『浮世風呂』)や髪結床(『浮世床』)へと広がり、身近な笑いでより幅広い読者を獲得した。人事を微細に「うが」つ洒落本の手法に、再生による再認で笑いを発生させる浮世物真似の話芸の要素などが加わり、その他、言語の洒落(地口)や無駄口(茶化し・はぐらかし)、珍事件、失敗譚、悪戯などを描いて、笑いを演出した。天明七(1787)年に刊行された万象亭(森島中良)の『田舎芝居』が、通を離れて一般的な滑稽を目指した先駆的作品であり、享和二(1802)年刊の十返舎一九作『道中膝栗毛』においてその形式は定立した。膝栗毛もの、方言もの、芝居もの、四十八癖もの、悪戯ものなどの種類がある。

その他、見立絵本のように、一つのジャンルには収まらない、境界的な性質の作品も滑稽本に含む場合があり、内容は多彩である。

活字

活字資料としては、岡雅彦校訂『滑稽本集』(叢書江戸文庫19、国書刊行会、1990)、新編日本古典文学全集80『洒落本・滑稽本・人情本』(小学館、2000)、日本古典文学全集47『洒落本・滑稽本・人情本』(小学館、1971)などが刊行されている。

(九州大学大学院  勝野寛美)