古物語の解説

古物語 擬古物語

物語文学といっても、広狭さまざまの範囲がある。最も狭義の場合は、『竹取物語』以下の平安朝の仮作物語と、『伊勢物語』以下の歌物語をいう。第二には、平安朝の仮作物語の系列に属する鎌倉時代の擬古物語、室町時代の室町物語(中世小説)をも包摂する場合である。これには、近世小説は除外されるのが普通であるが、仮名草子の一部には中世小説との差異がほとんど認められないものがあり、境界は微妙である。第三には、最も広義の場合で、『栄花物語』以下の歴史物語、『今昔物語集』などの説話文学、鎌倉時代の軍記物語の類までを含む。

古物語—伝奇的物語

上代から中古初頭にかけて、当時の知識人たちは、民間伝承の素材を掬い上げて数々の漢文伝奇をものにしていたらしい。作者不明の『浦島子伝』、都良香の『道場法師伝』、紀長谷雄の『白著翁伝』などが現在まで残って、僅かにその情況をかいまみせている。そうした民間の説話や漢文伝奇を素材として枠組みや場面に利用しながら、新しい社会や文化の動向を適確にとらえて主題化し、登場人物に造型していったのが、伝奇的な仮作物語であった。そして『源氏物語』絵合の巻に「物語のいできはじめのおやなる竹取の翁」とあるように、その始発は『竹取物語』に置くことができるようである。

『竹取物語』は白鳥処女説話を骨子とし、難題聟の部分では五人の貴公子が難題に対処する行動の醜さ、矮小さを諷し、昇天の部分では天上的なものと地上的なものとの対照のうちに人間のあり方を探ろうとしており、小品のためもあり、よくまとまった作品として強い印象を与えている。

続く『うつほ物語』は、『竹取物語』の伝奇性を琴の奇端の上に受けつぎながら、現代の貴族社会の物語たるべく試行錯誤の苦闘をくり返しつつ、求婚譚や立坊問題を政治的、風俗的な視野の中に収めて展開してゆく。文体も雑多で筋にもまとまりがないが、作品から感じられるエネルギーは、やはり草創期のものであるといえよう。

『うつほ物語』にやや後れて成った『落窪物語』は、継子いじめの説話の型を全体の枠組みとしていて、伝奇性は全く影をひそめている。ともすれば卑俗猥雑に流れ、マイナーな作品という印象が強く、その意味で『竹取物語』『うつほ物語』の系列とは異端である。同じ継子物語でも、散逸した『住吉物語』の方が高い評価を得ていたらしい。

〈歌物語〉伝奇的物語とは異なり、貴族社会の和歌に関する口承説話「歌語り」から出発したのが歌物語である。歌物語は、和歌を話の頂点に据えて、その作歌事情を述べる短い章段の集積である。集積の方法には二通りあり、特定の人物を思わせる主人公の歌話を集成した形成をとる『伊勢物語』や『平中物語』と、主人公や内容も雑多な歌語りや和歌説話を、それなりの連想意識によって配列した『大和物語』とに分けることができる。これらの歌物語が現存の形をとるのは大体天暦期前後であるが、『伊勢物語』などは『古今集』の成立する延喜以前からの長い成長の歴史があり、在原業平のイメージに共鳴を覚える多くの人が、その成長を支えていた。その間、業平以外の作者の歌や伝承歌、読人しらずの歌なども多く取り込まれて、業平像の展開に寄与している。それらは業平の虚像なのであるが、その虚像によって業平像の真実が浮かび上がってくるのだという意識があったらしく、「いちはやきみやび」像の典型を造るとともに、すべての事柄が事実に基づくのだという志向もまた持ち続けられた。

歌物語が天暦期前後に集中するのは『後撰集』のような歌語り的勅撰集を産んだ時代の好尚の産物であろうが、天暦期を過ぎると歌物語は急速に衰退してしまう。

擬古物語

〈定義〉

鎌倉から南北朝時代にかけて作られた、平安時代の作り物語の伝統を承継する物語群を、いっぱんに擬古物語とよんでいる。

〈時代区分とその作品〉

擬古物語は大きく二期に分けてみるのが通説である。鎌倉時代初頭の物語評論の書『無名草子』(正治二<一二〇〇>年、七、八月から建仁元<一二〇一>年十一月までの間の成立)にみえる物語群との間に一線を画し、これ以降、文永八(一二七一)年十月に成立した物語歌集『風葉和歌集』までの時期を前期、それ以降を後期と捉えるのである。ただし、『無名草子』では、平安末期、十二世紀後半に比定できる「今様の物語」および「今の世の物語」という物語史把握を示しており、擬古物語に先立つ時代として統一的に捉え直してみる余地は今後の問題として残されている。では、前後二期の物語として、どのような作品が現存するか列挙してみよう。肩に施した※印は、完本としては伝存しないもの、また○印は改作本であることを示す。

前期…『あさぢか露』『岩清水』※『いはでしのぶ』※『風につれなき』『苔の衣』※『しづくに濁る』○『住吉』※『むぐら』(『むぐらの宿』とも)『わが身にたどる姫君』

後期…○『海人の刈藻』※『風に紅葉』(巻二は『春日山』とよばれている)『雲穏六帖』『栗栖野物語』『木幡の時雨』『恋路ゆかしき大将』『小夜衣』(『異本堤中納言物語』はこの物語の前半部)『しのびね』『白露』『艶詞』『野坂本物語』『葉月物語絵巻』『兵部卿物語』『別本八重葎』『松陰中納言物語』『やへむぐら』『山路の露』『夢の通ひ路物語』『夜寝覚物語』(改作本)佚名物語(旧九条家蔵)。

右の物語のうち、特に後期のものは、この期に必ずしも確定できないものをふくんでいる。また『堤中納言物語』の幾篇かも、前後期のいずれかに属することになろう。

このほか、前期の物語として、『風葉集』にみえる散佚物語群をくわえることができる。『風葉集』所載の散佚物語のうち、平安期の物語として確認できるものを除外した概数一四〇篇ほどがそれである。ただし、これらが確実に鎌倉期の作品ということはできないわけで、確認できないものの、平安期の作品もふくまれてはいようが、かなり大量の物語の存在を知ることができるわけである。『風葉集』に比較的多く歌を採られている物語として、『みかぎがはら』『女すすみ』『四季物語』『あまのもしほ火』などをあげることができる。

『研究資料日本古典文学』,明治書院,「物語」項より