黄表紙の解説

黄表紙とは

江戸時代に行われた草双紙と称される小説様式の一つ。草双紙は享保(1716-1736)頃を頂点とする赤本、延享(1744-1748)頃から行われた黒本青本など、それぞれ表紙の色をもって名づけ、幼稚な絵解き本から始まって次第にその質を向上させた。

草双紙の中でも特に安永(1772-1781)期から文化年間(1804-1817)頃までに生まれた大人向け・知識人の読者向けの草双紙を「黄表紙」と呼ぶ。黄表紙は草双紙伝統の民譚や演劇に当世風の色彩を加え、当世風の洒落・滑稽を多く交え、笑いの文芸を創出した。

しかし享和・文化期には次第に長編化して笑いの要素は減り、「合巻(ごうかん)」という様式へと移行していく。

草双紙の体裁と時代変遷

江戸時代の小説様式は本の体裁(本の大きさ・丁数・冊数あるいは表紙の色)がそのまま文芸のジャンルを示すことが多い。草双紙の体裁はすべての丁(ちょう)に絵を入れて余白に平がなを主として使用した文章を書き入れ、五丁(10ページ)を1巻1冊とする。この体裁を基本的に保ちながら、草双紙は時代によって表紙の色およびその内容を次のように変えていく。

初期草双紙は赤本(あかほん)と呼ばれ本の大きさは中本(ちゅうほん)型、表紙は丹(たん)表紙を使う。本の大きさについては「洒落本解説」の「洒落本の体裁」を参照。1冊の分量は次第に5丁に定着し、1冊ないし2冊で一編を構成する。内容は『さるかに合戦』『したきれ雀』など御伽話物が知られ、室町時代からの伝統を踏襲するが、江戸時代の芸能である浄瑠璃などの影響がみられる。

赤本に替わり黒本(くろほん)・青本(あおほん)が生まれた。上・下2冊または上・中・下3冊、稀には5冊10冊で一編を構成する。黒本の表紙は墨、青本は青または萌黄色が退色して藁色と化したものである。内容は、浄瑠璃の絵解き、英雄一代記、化物話、異類物等があり、当世風の見立てや駄酒落も入ってくる。現在では安永3年(1774)以前の草双紙の呼称としている。作品数としては両者合わせて約1100部が知られ、所在のわかる作品は不完全書名も含めて770部ほどである。

萌葱色あるいは黄色表紙をつけて刊行されていた青本は、安永4年(1775)に恋川春町(こいかわはるまち)作・画「金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)」を画期として以後、特に黄表紙と呼ぶ。謡曲「邯鄲(かんたん)」の翻案という構想のなかに、田舎出の成りあがりの半可通(中途半端・知ったかぶりの通人)を主人公として遊里の言語風俗をうがった知的な描写は、その写実的な画面とあいまって、それまでの青本とは異なる質を有することとなった。

金々先生以後の展開

 恋川春町は以後黄表紙界の先達として、安永期に多くの趣向の典型を創始した。当代の江戸の生活と流行の現象への観察が、ことさらに荒唐無稽な諧謔をもって描かれていて、風刺的要素も多く見られる。春町や親友朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)らの文芸活動によって黄表紙はジャンルとしての完成を示した。

天明期(1781-1789)には、四方山人(よもさんじん=大田南畝おおたなんぽ)などによって黄表紙の評判記(『菊寿草』)が始められ、新人の山東京伝(さんとうきょうでん)が江戸戯作界の動向を作品化した『御存商売物(ごぞんじしょうばいもの)』(天明2年)で認められて登場し、虚栄心の強いうぬぼれの青年を戯画化した傑作『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』(天明5年)などで中心作家の位置についた。

こうして従来は最も通俗的な読物に過ぎなかった草双紙は、恋川春町・朋誠堂喜三二、さらに太田南畝・山東京伝らの活発な文芸活動よって、「俗」の領域における知識人の鑑賞にも堪える当時第一級の文芸にまで成長し、文人の余技としての文芸から文人が関わるべき文芸として狂歌とともに位置づけられた。黄表紙全盛期の佳作もまたこの天明期に多い。

松平定信によって天明末から寛政初年(1789-)に進められた寛政の改革は戯作界にも影響を及ぼした。寛政改革に取材した作品が当局の取締を受け作品からは従来の洒落も滑稽も消失した。代わって教訓・心学・理屈・義理・敵討ちなどをテーマとした作風へと変容し、新しく登場した式亭三馬・曲亭馬琴・十返舎一九らを含めた寛政後半期の黄表紙界はすべてこれにならい、まじめな教訓を絵組みの見立てと比喩のおかしさで掩おうとする作風に移る。さらに文化以降は敵討ものが流行し、それに伴って内容的に5丁1冊〜3冊という体裁では収まらず長編化していった。特に文化3年(1807)、式亭三馬の『雷太郎強悪物語(いかずちたろうあくものがたり)』(前後二編十巻一冊)以後は長編化が進み草双紙は名実ともに黄表紙から合巻と呼ばれるようになる。作品数は30年間で2000点を超える。

複製・翻印

有朋堂文庫『黄表紙十種』、日本名著全集『黄表紙廿五種』(山口剛解説)、評釈江戸文学叢書『洒落本・草双紙集』、日本古典文学大系『黄表紙・洒落本集』(水野稔解説)、古典文庫『黄表紙集(一)(二)』、日本古典文学全集『黄表紙・川柳・狂歌』(浜田義一郎解説)

(佐賀大学地域学歴史文化研究センター 亀井森)